2017-08

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

倉山満「反日プロパガンダの近現代史」何故日本人は騙されるのか(6)

第二章 プロパガンダが得意だった戦国日本人
第二節 織田信長

信長の三大”必殺技”
信長には三大”必殺技”が有るのを御存知でしょうか。戦後の「最強」「天才」「英雄」「カリスマ」のイメージだけでとらえているファンの人達にはショックかも知れませんが、容赦なく挙げさせて頂きます。

  一、逃げる。
 もう恥も外聞もなく逃げます。たとえば、金ヶ崎の戦い(一五七〇年)で浅井長政に裏切られた時など神速の逃げ足です。負けを見切った時の逃げ足の速さは格別です。

  二、見捨てる。
 家康が武田信玄どころか勝頼にボコボコにされても、「城が落ちるので助けて下され」と言われても、「いやあ、雨でこんなに遅く名なっちゃった」とヌケヌケ言い訳します。接待に負け戦をやりたくないので、自分の部下を非情に見捨てることができます。抑も雨将軍と言われているのは何処の誰でしょうか。信長は雨男で、信長がいる時に雨が降ると、桶狭間のように何かが起こると言われた人です。

 それでは長篠の戦い(一五七五年)はなぜ起きたかというと、家康がブチ切れたからでした。「アンタ、今度助けてくれなかったら、武田に降伏して尾張をもらうぞ。静岡県をやったって愛知県を取ったら、こっちは割が合うんだからな、わかってるのか!」と言われて、仕方なく出て行ってやったのが、長篠の戦いです。長篠の三段の柵というのは野戦築城によるバリア、実質、壁です。壁の上に盾を作って鉄砲で撃つ織田軍に、武田軍も盾で、まるで「平安京エイリアン」のような動きをするという、ほとんど要塞攻防戦でした。
 織田軍が仕方なく壁にこもって守って戦っていたら、敵の山県昌景という切り込み隊長に弾が当たって武田軍が総崩れになるところを、追撃戦に出て行きました。武田軍は、先代からの忠臣たちが「勝頼を守れ」と言って、四天王中、留守の高坂以外の全員、山県、内藤、馬場が死んで勝頼を逃しました。長篠の戦いの死者のほとんどは、鉄砲戦ではなく追撃戦で出ています。

 そして、これが鈴木員哉さんの研究の白眉たるところですが、長篠の戦いのあとで統一が進んだろか、みんなが「あっ、こうやって守ればいいんだ」と戦法を真似したので、むしろ統一は遅れています。
 ちなみに弓は攻撃兵器にも防御兵器にも使えますが、鉄砲は基本的には防御兵器です。杉谷善住忘坊のような人が火縄銃を狙撃銃に使うという、訳が分からない、世界中で日本人にしかやらないような事をするので勘違いされますが、鉄砲は防御兵器です。これは弓と鉄砲とどちらが使い勝手がいいかという論争が尽きない理由でもあります。
 大砲が作裂弾ではなく、単なる大筒の時代、まだまだ弓の役割は大きかったのです。
 さて、話を戻して、信長の三人必殺技、逃げる、見捨てるに続く最後は、

  三、土下座です。
 信長は、武田信玄と上杉謙信には絶対にケンカを売りませんでした。武田家には娘を差し出していて、その娘が死んでしまうと信忠に武田家からお嫁さんをもらうのですが、「いや、こっちにきてもらったら人質に取っているみたいで申し訳ないじやないですか。いや、こなくていいです」と、義理の娘への挨拶と称して大量の貢物を贈り続けました。

 ちなみに、信長が短気で家康が辛抱強いというのは、二人の若い頃を見るとまったく逆で、三方原の戦い(一五七二年)の直前に、信長は家康に「お前は短気だから絶対にキれるなよ」という手紙を送っています。

 それを家康が破って三方原の戦いになったのです。信玄が素通りしようとしたので家康が追いかけて行くと、信玄はクルツと回って待ち構えていました。それでものすごい近接戦闘になり、信玄が家康をフルボッコにするという結果になったのですが、信長はもうとにかく「今回は寵城しろ」の一点張りです。「あんだだって一回も寵城戦したことがないだろう。なんて俺だけにそんな屈辱的なことをやらせるんだ。領国を荒らされてそのあとの統治ができると思ってるのか、テメエー」といきり立つ家康に、「いや、あいつには俺たち勝てないからやめとけ」と、面白いやりとりが残っています。「西で浅井・朝倉と戦ってるから、援軍を出せない。寵城して引き留めてくれ」と、諭しているのだか一方的な自分の都合を押し付けているのだかよくわかりません。

 とにかく信玄と謙信には土下座です。
 信長が手取川の戦いの前に謙信からいきなり「天下分け目の決戦をやろう」と挑戦状を送りつけられると、「いえいえ、私は西国だけでいいんで、東国の謙信様には逆らいません。もし京都に来られる時には、私が扇子一本持って案内」と、平身低頭で書状を送り返したという話があります。
 まさにアスタロトに媚びるパタリロの構図そのものです。そしてその時に賄賂として贈ったのが洛中洛外図屏風で、謙信が入京するところを「京都にこられた時こんな風に歓待いたします」とばかりに描いてありました。



成る程

逃げる、見捨てる、土下座

プロパガンダの面から信長を眺めれば

従来の人口に膾炙されて来たものとは

違う物が見えてくる





スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://shouta709.blog.fc2.com/tb.php/438-562b8270
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | ホーム |  »

プロフィール

湘太(shouta709)

Author:湘太(shouta709)
FC2ブログへようこそ!

コメントの投稿欄入口が見えない時には本文タイトル行クリックして下さい → 本文末後方に現れます。 


占領下に行われた憲法改正や教育変革は全ての負の部分が温存されて、現在の諸悪の根源となっております。
諸外国に対して右顧左眄せず毅然たる態度を政府が執るよう願って已みません。
そして保守本流、真正保守たる国家である事を願っております。
私へのメールは

shouta-2@hotmail.co.jp


どうぞ、宜しく御願いします。

最新記事

最新コメント

カテゴリ

政治・経済 (549)
経済・財政 (2)
社会 (26)
文化・科学・芸術・演芸・音楽 (33)
その他 (6)
未分類 (9)
指定なし (204)

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

最新トラックバック

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

月別アーカイブ

ブロとも一覧

フリーエリア

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
政治・経済
649位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
政治活動
283位
アクセスランキングを見る>>

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。